
おもしろオペラ情報です。
来る10月7~14日に、《魔笛》をなんと狂言で上演するイベントがあります。
魔笛と狂言・・・なんとも摩訶不思議な組み合わせですが、実際どんな舞台になるんでしょう?
脚本を担当した小宮正安さんにきいてみましょう。
☆ 狂言風オペラ《魔笛》 脚本担当 小宮正安さんにインタビュー ☆
Q:狂言でオペラを上演する異種格闘技戦のようなこのプロジェクト、どういう経緯で始まったんですか?
「オペラ」というと、何となく敷居が高いというイメージがありますね。とりわけ喜劇的なオペラを日本で上演する場合、舞台上の人間がまったく喜劇的でなく、客席もほとんど笑わないという状況がよく見られます。
そんな状況を少しでも変えられたらという願いから、笑いの達人である京都の茂山一門をメイン・キャストに、狂言風オペラが誕生しました。第1弾はモーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》で、こちらは茂山宗彦氏の一人芝居。第2弾《フィガロの結婚》から私が脚本を担当するようになり、出演者も茂山千之丞氏を筆頭にあきら・宗彦・茂・童司の各氏の計5人に増えました。この時は、伯爵夫人役として人形も使いました。
それでも第1弾の時には客席の反応を心配して、上演前に携帯電話やアラーム式時計を鳴らさぬようにという注意とともに、「くすくす笑いは他のお客様のご迷惑になりますのでご注意ください。笑われるときは、声をあげてくださって結構です」(笑)というアナウンスが流れたそうですよ。ただしよくお客さんが笑ってくださったので、第2弾ではそんなことはなくなりましたが。
Q:アナウンスで笑い声を許可してくれるとは、ずいぶん楽しそうな雰囲気がうかがえますね。そういえば、通常《魔笛》は3時間近く上演時間がかかりますが、今回の狂言版も全曲演奏するのでしょうか?
いいえ。
狂言オペラで使用される音楽は「ハルモニー・ムジーク」といい、管楽八重奏(オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2+任意でコントラバス)用に抜粋・編曲された《魔笛》です。モーツァルトが生きていた当時はこうした編曲物が盛んに作られ、じっさいのオペラや音楽会での人気曲を抜粋した形で、誰でもどこでも手軽に楽しむことができました。
今回の上演では、モーツァルトの同時代人であるハイデンライヒの編曲版に加え、現在ハルモニー・ムジークの編曲者としても名高いタークマンの版も折り混ぜて演奏します。演奏は、日本でもベートーヴェン交響曲全曲演奏会で大きな話題を呼んだ、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンの管楽奏者。また前回の《フィガロの結婚》でもそうでしたが、響きに和のテイストを入れたいということで、中村寿慶氏の鼓も加わります。狂言師の方々は舞を舞ったり台詞を言ったりしますが、歌は・・・歌いません(笑)。ちなみに登場人物も「狂言風オペラ」ということで、オリジナルとは随分と変わっています。
Q:脚本を手がけられた小宮さんにとって、「狂言」というジャンルの魅力はなんですか?
狂言とモーツァルトのオペラは、非常に似ているところがあると思います。
それぞれ生まれた時代や場所こそ違いますが(狂言は室町時代、モーツァルトは18世紀後半)、どちらも下克上あるいは革命の世界でした。誰もが成り上がれる時代ということで、希望があったのですね。
主従関係にしてもそうで、室町時代のものはあくまで契約に基づくもの、江戸時代のような「忠君」などという縛りはまったくなかったのです。ですから狂言では主人と太郎冠者がよく出てきて、太郎冠者がヘマをして主人に追い回されるのだけれど、別にそこに悲壮感はありません。むしろ、いつまでたっても変わらない、しょうもないけれど愛すべき人間の等身大の姿が描かれているのですね。しかも劇中の人間関係同様、笑いもドライです。ベタで泣かせてしかるのちに笑わせようというのではない。だから後味がカラリとしているんですよ。
また、シュールな内容が多いのも狂言の魅力です。蚊が人間と相撲をとる、なんていう話は非常にナンセンスで、むしろ不条理といってしまっていいのだろうけれど、そこに飄々とした凄みがあります。よくも数百年前に、こんな話が出来たなと。そして、「人間かくあるべし」なんていう教訓を振り回すのではなく、「こんな生き方もあるよ、こんな未来があったらいいね」という柔らかな姿勢は、モーツァルトのオペラとも実によくマッチしていると思います。
Q:《魔笛》を狂言にする際に、苦労した点はありましたか?
《魔笛》の筋書きは、矛盾だらけだと言われます。最初悪人だと言われていたザラストロが実は立派な高僧だということが判明したり、反対に夜の女王がどうやら悪人らしいということが分かったり。元々主従だったはずのタミーノとパパゲーノも、最後にはばらばらの関係になってストーリーが2つに分かれたまま展開してしまいます。しかもそこにフリーメーソン、啓蒙思想、はたまた魔法劇、民衆劇といった要素が入っているということで、もう何が何だか・・・という状態ですね(笑)。
私はヨーロッパ文化史を研究している身ですので、もちろんこうした要素にもとても興味はあるのですけれど、いざ脚本を書くとなるとまったく違う。もちろんオリジナルの《魔笛》をベースにはしているのですが、論文のようにイエス・ノーで理論を築き上げてゆくのではなく、狂言風オペラの世界を創造するということになると、脳味噌の部位の使い方を変えなければいけませんでした。
最初のころはやけ理屈っぽくなってしまったり、はたまたオチャラケが過ぎたりしましたが、狂言師の方とやりとりの中で様々な刺戟やヒントを受けた末、ようやく最終決定稿が出来たという次第です。
Q:小宮さんが「ここは我ながら大成功!」とお思いになった場面を挙げてください。
《魔笛》は単なる爆笑オペラではないと思います。むしろ笑いの中にも深い哲学が入っているといえばよいでしょうか。ただし、あまり哲学的な面を強調しすぎると、面白くも何となくなってしまう・・・。そこで今回は、能のシテ方(豊嶋晃嗣氏)にご登場いただき、狂言によるコミカルな場面と能によるシリアスな場面のバランスをとることにしました。
実は「能・狂言」とよく言われますが、能楽師と狂言師が同時に一つの舞台に立つ機会はほとんどありません。おそらく狂言が生まれた初期の段階では、シリアスな能の合間に狂言を挟むという事情ゆえ(これなども、モーツァルトでお馴染みの喜劇オペラ=オペラ・ブッファの誕生と非常に近いものがありますね)、器用な役者が両方の舞台をつとめていたのでしょう。それが徐々に分業化されてしまったのが、今日の姿です。
ですから今回の舞台では、能楽師が狂言師とからむ場面も、またその逆の場面もあります。「狂言風オペラ」というと、東洋と西洋のコラボレーションを想像したくなりますが、今回はそれに加え、近しい関係ながら意外と競演の機会の少ない2つの伝統芸能のコラボレーションを試みました。
Q:天国のモーツァルトへ、今回の狂言《魔笛》について、ひとことご紹介ください。
今回の作品を書くにあたり、モーツァルトには心の中で何回も問いかけました。「あなたが《魔笛》で伝えたかったことは何なのですか?」と。結局お告げが聞こえることはなかったのですが(笑)、キーになるのは魔法の笛と鈴、またそれらを登場人物たちにピンチが訪れたときに持ってきてくれる3人の童子なのではないかな、と思います。
モーツァルトは根っからの音楽家でしたし、まさしく音楽と一緒に、あるいは音楽に包まれて生きているような人だったと思います。モーツァルトが音楽であり、音楽がモーツァルトであるような、とても幸せな関係ですね。ですから、そのような素晴らしい音楽を残してくれたモーツァルトに感謝しながら、その響きを死蔵してしまうのではなく、時も場所も越えて21世紀の日本に解き放つことができれば、と願っています。
モーツァルトは冗談好きで悪戯好きでしたから、今回の舞台を大いに笑ってくれるのではないでしょうか。
Q:最後に、見どころを教えてください!
狂言と能、狂言と管楽アンサンブル、管楽アンサンブルと鼓・・・といった具合に、二重三重にコラボレーションの輪が舞台一杯に広がってゆく様は、大変楽しくかつスリリングです。ドイツ・カンマーフィルのメンバーもこのコラボレーションを積極的に楽しみながら、時には音楽を演奏するのではなく、ストーリー展開の中に突如乱入してきますから、そのあたりもご注目ください。何しろ舞台にいる人間が楽しんでいなければ、それは客席に伝わりませんからね。その点、今回の出演者の方々はいずれも「楽しみのプロ」ばかりです。
とかくコラボレーションというと、異なる分野のものをポン・ポンと個別に舞台に置いた感のような上演が多いですが、狂言風オペラではそれとは対照的に、「融合」の世界が生まれていると思います。音楽家も含めた演者の方々がトップ・レベルの技術を持っているからこそ、こうした柔軟な融合が生まれ、古典をベースにした新しい作品が生まれてくるのではないでしょうか。
いずれにせよ、お客様には楽しんでいただき、遠慮なく笑っていただけるといいですね。そして舞台が終わった後、幸せな気持ちでお帰りいただければ、脚本家としてこんなに嬉しいことはありません。
小宮さん、ありがとうございました!
狂言風オペラ モーツァルト《魔笛》 公演情報
■10月 7日(水) 京都府立文化芸術会館
①14時 ②19時 (2回公演)
主催:㈶京都文化財団・朝日新聞社
チケット問い合わせ:京都府立文化芸術会館 TEL.075-722-1046
■10月 8日(木) いずみホール
開演時間:19時
主催:朝日新聞社・㈱ヴォイング
チケット問い合わせ:いずみホールチケットセンター TEL.06-6944-1188
■10月 9日(金) ハーモニーホールふくい 小ホール
開演時間:19時
主催:㈶福井県文化振興事業団
チケット問い合わせ:ハーモニーホールふくいチケットセンター TEL.0776-38-8282
■10月10日(土) 岐阜県サラマンカホール
開演時間:15時
主催:サラマンカホール
チケット問い合わせ:サラマンカホールサービスセンター TEL.058-277-1110
■10月14日(水) 東京オペラシティ
開演時間:19時
主催:朝日新聞社・東京オペラシティ文化財団
チケット問い合わせ:東京オペラシティチケットセンター TEL.03-5353-9999